田園風景、冬の星空、成田空港。「自然の中で子育てしたい」、東京から多古町へ移住した家族の今
「実は当初、千葉県や多古町は移住先の選択肢になかったんです」。そう話すのは、東京都から一家で多古町へ移住した刀根 有史さんです。フリーランスとして映像関係の仕事をしながら、移住コーディネーターの活動にも携わっています。なぜまったく想定していなかった多古町への移住を決断したのでしょうか。その理由や移住までの道のり、町の魅力などを語っていただきました。
多古町は“ちょうどいい田舎”。移住コーディネーターとしても活動
東京から多古町に移住し、4年目に入ったそうですね(2026年8月現在)。
町の中心部にある一戸建ての自宅で、妻と小学生の子どもと3人で暮らしています。
多古町は、一言でいうなら“ちょうどいい田舎”です。豊かな自然や田園風景、また農業が盛んなので地元で採れた米や野菜をおいしく味わえます。人も穏やかな方が多いんです。
かといって、不便さは感じません。特に私たちの住むエリアは、スーパーなどのお店が揃っています。そのバランスが心地よく、理想的な田舎です。
4年目に入り、すっかり地域に根づきました。以前勤めていた東京の会社も辞め、今はフリーランスで映像関係の仕事をリモートワークで続けています。
さらに、移住コーディネーターとしても活動されているとお聞きしました。
移住コーディネーターとは町の魅力を発信し、 移住希望者と地域の橋渡し役を担う人のことです。町の委託事業として移住希望者の相談に乗ったり、イベントを開催したりしています。
その移住コーディネーターの会員数は、地元住民や移住者、町外の人を含め総勢20人以上。私が加わったのは、移住経験者として不安や疑問に寄り添い、移住の手助けがしたかったからです。
ほかにも以前、私たちが暮らす自治会組織の組長も務めました。

コロナ禍でリモートワークに。芽生えた地方移住、子育てへの思い
そもそもなぜ東京を離れ、地方移住を検討されたんですか?
きっかけはコロナ禍でした。当時の勤務先はフルリモートになり、出社する必要がなくなりました。それで「東京に住み続けなくてもいいのでは」と考えるようになったんです。
ちょうどそろそろ子どもが保育園を卒業し、小学校の入学を控えていたタイミングでもありました。そんな中で、夫婦の間で「自然豊かな場所で、のびのびと子育てしたい」という思いが大きくなってきたんです。私自身も慌ただしい東京での暮らしに、少し疲れていたんだと思いますね。
そこでまず、全国の移住相談窓口がある「ふるさと回帰支援センター」(東京)を訪問しました。相談員の方から千葉県を勧められ、その候補の1つが多古町でした。
移住先の候補として、千葉県や多古町は想定されていたんですか?
いいえ、私も妻もまったく選択肢に入れていませんでした。私の頭の中では千葉県は都会の印象が強く、自然の中で暮らせるイメージが湧かなかったからです。
ただ後日、レンタカーを借りて房総半島の南端から成田空港方面まで回ってみたんです。そして多古町に入ったところで、田んぼが一面に広がる絶景が目に飛び込んできました。それを見た妻が「ここ、いいね」と口にしたんです。それでいて、町内にはスーパーをはじめ日常生活に必要なお店や商業施設も揃っていました。
すっかり惚れ込み、そこから多古町に絞って移住へ動き出しました。

実際に移住するまでに、苦労されたことがあれば教えてください。
一番は住まい探しです。今の家が見つかるまでに、1年以上かかりました。理由は、家の広さ、買い物などの生活環境、子育てのしやすさなど、それらの希望や条件に合う家族向けの物件に巡りあえなかったからです。
タイムリミットは、子どもが小学校に入学するまででした。なかなか決まらず焦っていたときに、運よく今の家を見つけられたんです。その一方で、生活に馴染めなかった場合のことを考えると、購入するのはハードルが高いと感じていました。家主さんとしても、見ず知らずの人に貸し続けるのは不安だったと思います。
そこで、まずは定期借家として1年間暮らし、その後そのまま購入しました。家主さんや地元の不動産屋が柔軟に対応してくれたので助かりました。
成田空港から福岡の実家までひとっ飛び。子どもは充実の学校生活
ようやく始まった多古町での暮らし。実際に住んでみていかがですか?
最初に“ちょうどいい田舎”として、豊かな自然や人柄のよさもありつつ、生活インフラも整っているとお伝えしましたが、それに加えて成田空港の存在も大きいと思います。
空港まで行けばJRや京成電鉄、高速バスを利用でき、東京方面をはじめいろんな場所へ移動できます。さらに、空港から全国、世界へ飛び立つこともできます。私も妻も九州の出身なんですが、実家に帰りやすいことも多古町に移住した決め手の1つでした。
さらに、今年の11月7日(土)15時に圏央道の多古インターチェンジが開通する予定です。東京はもちろん、埼玉や茨城方面などにもアクセスしやすくなり、今から楽しみにしています。
お子さまは学校生活をはじめ、地域に溶け込めていますか?
実は唯一、移住するのに不安だったのが、小学校に馴染めるかどうかでした。もし難しかったら、東京へ戻ることも覚悟していました。しかし、すぐに馴染めたようで、毎朝一緒に登校する同級生をはじめ、気の合う友人ができ楽しそうに遊んでいます。
子育てについては、多古町は支援がとても充実しているんです。例えば、小中学校の給食費が無料、22歳の大学生までの医療費が無料であること。また、病気や風邪の子どもを預けられる病児保育所があることです。総合病院に隣接しているので、その安心感はとても大きいですね。
町内でよく出かけるスポット、オススメの場所があればお聞きしたいです。
真っ先にご紹介したいのは、「多古の星キャンプ場」です。町の中にいることを忘れてしまうほど、自然を浴びて思い思いの時間を過ごせます。私たちが利用するのは、主に冬です。冬を選ぶ理由は、虫が少ない時期なのと、何よりも空気が澄んだ冬の夜は星がとてもキレイに見えるからです。
それと意外と知られていないようですが、多古町には史跡も多く残っているんです。歴史好きの方でしたら、史跡を回ってみるのもいいかもしれません。

「ユニークな人たちを集め、多古町をもっとおもしろくしたい」
話は変わりますが、移住後に会社を辞めたのはなぜだったんですか?
フルリモートではなく、出社を基本とする方針に戻ったからです。すでに多古町に生活の基盤ができているのに、今さら東京には通えません。ただ、映像の仕事はリモートでできるので、フリーで活動しようと決めたんです。
万が一、今の仕事を続けることが難しくなったとしても、成田空港で働くという選択肢があります。しかも滑走路の新設などを控え、求人が増えていると聞きました。成田空港という大きな雇用の受け皿が近くにあることは、移住を決断するうえでも、フリーランスの道を選ぶうえでも安心材料になりました。
フリーランスになったことで、自由な時間は増えましたか?
東京都に住んでいた頃は、通勤に2時間弱かかっていました。満員電車に揺られることもなくなったので、精神的にもかなり楽になりましたね。
ただ、地域の活動に関わる機会が増えたことで、自由な時間はむしろ減ったように思います。決してそれを嘆くわけではなく、人が集まり、新しい動きが生まれることにおもしろさを感じています。
移住コーディネーターの活動を始めたのは、町内外からユニークで魅力的な人たちをどんどん集め、町全体をもっとおもしろくしたいからでもあります。ぜひ多くの方々に仲間に加わっていただき、多古町を一緒に盛り上げていきたいですね。